1963年6月13日、東京都新宿区に生れる。A型。
小学校4年のときに従兄弟の影響でビートルズに出会い、その後の人生を決定付けられる。ポール・マッカートニーと同じ双子座左利きベーシストとして、高校時代には数々のコンテストに出場。ベスト・プレイヤー賞などを受賞する。85年、ex.TULIPの安部俊幸、姫野達也、伊藤薫と出会い、ALWAYSに参加。86年9月キング・レコードよりデビューを果たす。シングル6枚オリジナル・アルバムを5枚リリースした後、91年東芝EMIに移籍。シングル3枚、アルバム2枚を残す。95年、杉真理、松尾清憲らとブリティッシュ・ポップロック・バンドPiccadilly Circus結成。個人でもナガハタゼンジのプロデューサーとしてロンドンのアビーロード・スタジオでアトラクションズ(エルビス・コステロのバンド)とレコーディングするなど、活動の場を広げる。その後もビートルズ関係のイベントには欠かせないベーシスト&ボーカリストとして活動継続。2008年、ついにソロ活動を再開する。


1963年

6月13日、一人っ子として風祭家に生を受ける。代々続く江戸っ子の家系ゆえ東京の“東”をとって“あづま”と命名される(女の子だった場合は“京子”になる予定だった)。当時の新宿2丁目は昔ながらの飲み屋街。生れてすぐに大田区に転居。


1970年

4月、大田区立馬込第二小学校入学。絵を描くことや工作が好きな子供だった。ヒーローは仮面ライダーとウルトラマン。「小2まではものすごく頭がよかった」とは本人の弁。

1971年

父親が亡くなる。

1972年

従姉妹の影響でGAROのファンになる。初めて買ったシングルは「学生街の喫茶店」。視力低下により眼鏡が標準装備に。

1973年

大学生の従兄弟の影響でビートルズと衝撃的に出会う。リーバイスのCMに使われていた「She Loves You」が耳から離れなくなり、日本編集の1stアルバム『ビートルズ!』を入手。その後、1枚ずつ大事に揃えていった。従兄弟がバンドでベースを担当していたため自分もベースを親にねだるが、「まだダメ」と却下され、家にあった安いアコースティック・ギターで我慢。

1976年

区立馬込東中学入学。ベースを買ってもらうことに成功し、バンド結成。名前はDon't Touch。流行りの洋楽をやるポリシーのないバンドだったが、将来は音楽で食べていくことを早くも決意。それなりにモテてもいた。

1979年

都立羽田高校入学(先輩にムーンライダーズの鈴木慶一氏がいる)。軽音楽部でバンドをやりながら他校の友人とも3ピースのサイケデリック・バンドMODERENを結成。ヤマハ主催のコンテストEAST WESTに何度か出場し、毎回中野サンプラザでの決勝大会にまで進む。ベスト・ベーシスト賞も受賞するなどプレイヤーとしても認められるが、まだ歌ってはいなかった。オリジナル曲も作り始める。


1982年

高校卒業後はお弁当屋さんでバイトをしながらバンド活動継続。ニューウエーヴ系のエレクトリック・ポップ・バンド(ややビジュアル系寄り)、COXCOMを結成し、初めてボーカルをとる。ソニーの新人開発部門に認められ、俗に言う育成期間。

1984年

六本木のバー、BEAT6にてハコバンを経験。GS、オールディーズ、スタンダード等なんでも演奏する。かつてのアイドル、GAROのトミー氏と一緒に演奏をする機会にも恵まれる。

1985年

ソニーのディレクターの紹介により、ex.TULIPの安部俊幸、姫野達也、伊藤薫と出会う。安部俊幸の一言は“決めたけん!”。よって、同時期にあったロンドン音楽留学の話は立ち消えになる。

1986年

9月30日、キャピトル東急ホテル真珠の間にファンと関係者約100名を集め、ALWAYSのデビュー・コンベンションを開催。緊張のし過ぎでメンバーはみな「記憶がない」と言う。
10月21日、シングル「好きさ」、アルバム『ALWAYS BE TRUE』でデビュー。
12月6日、超満員の新宿厚生年金会館から1stツアーがスタート。

1987年

5月21日、シングル「8月の熱い砂」リリース。TBS『ハロー!人間グラフィティ』のテーマソングになる。
7月21日、2ndアルバム『HOW SWEET?』リリース。
8月23日、日光国立公園内に世界でも珍しいログ建築方式のステージを作り、“ALWAYS&HALL something new, something different”開催。全国から4000人を動員する。
10月21日、シングル「空が広がる」リリース。明星チャルメラのCMソングになる。

1988年

4月21日、3rdアルバム『RELATIVE SPEED MUSIC』リリース。収録曲の「ドゥリーミンハート」が共栄生命のCMソングになる。
10月5日、ベスト・アルバム『SELECTIONS』リリース。この年は2本のツアーを含む60本近いワンマン・ライブをこなした。

1989年

2月9日、FM東京ホールでのライブを最後に伊藤薫が脱退し、上田雅利加入。
4月7日、 8cmミニ・アルバム「MILE HIGH!」リリース
5月21日、シングル「THE SKY'S HIGH」リリース。
6月21日、4thアルバム『HEN』リリース。バンド名の表記をTHE ALWAYSに変更。
8月20日、日光国立公園にて2回目のイベント開催。

1990年

3月1日、ポール・マッカートニーの来日記者会見がエムザ有明であり、初めて生のポールを見る。
4月7日、FM富士『風祭東のPOP SNIPER』が始まり、メイン・パーソナリティを初経験。
4月21日、伊藤智恵理のシングル「天気になれ」リリース。カップリング曲「STEP YOUR LIFE」の作曲を担当している。
8月21日、シングル「夏の彼方へ」リリース。共作詞・浜田省吾。
9月21日、5thアルバム『NEVER』、革新的なカラオケ・アルバム『NEVER THE KARAOKE』リリース。
11月5日、初の映像作品であるビデオ『NEVER THE VIDEO』リリース。


1991年

10月、東芝EMI TMファクトリーに移籍。
12月24日、ニューヨークのRITZにて初の海外ライブ。

1992年

6月17日、シングル「いつも笑顔に恋してる」リリース。
10月22日、6thアルバム『GENE』リリース。

1993年

4月30日、小森まなみのアルバム『ALICE』リリース。伊藤銀次が提供した曲「キュートにKISS」のアレンジ、ベース、コーラスを担当している。
7月7日、 シングル「夏色のおもいで」リリース。TULIPのカバー。
10月27日、シングル「海が見てただけ」リリース。

1994年

7月6日、新曲と旧曲を取り混ぜた変則的なアルバム『PRESSED FLOWERS』リリース。
8月5日、CBSソニー・ファミリー・クラブよりベスト・アルバム『HI!HI!HI! オールウエイズがやってくる!』を通販限定でリリース。

1996年

6月25日、ピカデリーサーカス結成。
9月6日、池袋アムラックス・ホールにてデビュー・ライブ。名阪、そして東京での追加公演も。

1997年

1月22日、ブリティッシュ・フレーバー漂うソロ・アーティスト、ナガハタゼンジのプロデュースを担当することになり、レコーディングのためロンドンのアビーロード・スタジオへ。バックをつとめたのはエルビス・コステロのバックバンド、アトラクションズ。プリプロのためにドラマーのピート・トーマスの自宅スタジオへ行くと、コステロ初来日時に着用した学生服姿で迎えてくれた。
4月21日、プロデュースをしたナガハタゼンジのシングル「モダニスト〜情熱のピストル〜」リリース。バックはアトラクションズ。    
6月、杉真理、松尾清憲らとモンキー・フォレスト・バンド結成。アコースティックなエスニック・ポップがテーマで、8月にはライブも。
8月21日、プロデュースをしたナガハタゼンジのマキシ・シングル「チョコレートシティ大作戦!」リリース。吾妻光良とスウィンギン・バッパーズがバックをつとめたバージョンも。
9月1日、ナガハタゼンジのアルバム『カムデン』リリース。白井良明、野村義男、花田裕之などが参加している。
11月、ピカデリーサーカス、東名阪をツアー。

1998年

2月、ピカデリーサーカス、東名阪をツアー。
3月28日、上田雅利、伊豆田洋之、橋本哲によるビートルズのコピー・バンドGAR-YIZに正式加入。
7月、ナガハタゼンジとユニット、ザ・マフィンマン結成。
8月21日、 杉真理楽曲にベーシストとして参加したオムニバス・アルバム『Paradise in ASIA』リリース。
9月19日、ザ・マフィンマンのアルバム『GOBSTOPPER』リリース。
12月2日、ピカデリーサーカス、渋谷ON AIR EASTにてデビュー記念ライブ。

1999年

1月21日、ピカデリーサーカス1stシングル「Baby! it's all right」リリース。NHK-BS『真夜中の王国』テーマソングになる。
2月20日、ピカデリーサーカス1stアルバム『Piccadilly Circus』リリース。
3月、ピカデリーサーカス、東名阪をツアー。
4月21日、ベーシストとして参加したKANのアルバム『KREMLINMAN』リリース。KANとはアマチュア時代からの友人で、89年にBADLOOKSという変名バンド(Vo.KAN G.直枝政弘(カーネーション)B.風祭東 Dr.清水淳)を組み、KANのライブの前座という設定で出演したことがある。
6月、PCゲーム・ソフト『レリクス』のサウンド・プロデュースを手がける。その後、過労のため入院。B型と思い込んでいた血液型が実はA型だったことが判明し、人生観や生活態度が変わる。


2000年

2月20日、新宿ミノトール2にて初のソロ・ライブ。4月・7月・10〜12月にも同会場で。
7月21日、ベーシストとして参加&楽曲提供をした上田雅利のアルバム『Gratitude』リリース。

2001年

2月21日、ベーシストとして参加した杉真理のアルバム『POP MUSIC』リリース。
12月15日、新宿ミノトール2にてXmasライブ。

2002年

1月26日、目黒ブルースアレイにてソロ・ライブ。姫野達也と杉真理がゲスト出演。
2月28日 キングレコードよりALWAYSのアルバム5枚がボーナス・トラック付で再発される。
6月21日 ベーシストとして参加した杉真理のアルバム『LOVE MIX』リリース。
12月23日、新宿ミノトール2にてXmasライブ。

2003年

3月6日、その後毎年恒例となるイベント『Dear BEATLES』が府中芸術の森劇場で開催される。
12月10日、ピカデリーサーカス2ndアルバム『Summer of Love』リリース。

2004年

1月、ピカデリーサーカス、東阪ツアー。
4月1日、ALWAYSのDVD『EVER』リリース。90年の映像作品『NEVER THE VIDEO』に86年のデビュー・コンベンション時の映像(初公開)と「8月の熱い砂」のPVを加えたもの。
8月12日、ピカデリーサーカス初のディナー・ショウ。

2005年

2005年8月3日、東芝EMIよりALWAYSのアルバム2枚がボーナス・トラック付で再発される。

2006年

12月6日、竹内まりやのシングル「スロー・ラヴ」リリース。カップリング曲「Never Cry Butterfly」(ピカデリーサーカスのカバー)でベースを弾いている。

2007年

3月21日、ピカデリーサーカスのアルバム2枚がボーナス・トラック付紙ジャケで再発される。
4月28日、ピカデリーサーカス、東京キネマ倶楽部で1日限りのライブ。

2008年

1月23日、ベーシストとして参加した杉真理の30周年記念アルバム『魔法の領域』リリース。
2月14日、オフィシャルサイトが新装オープン。
風祭東ソロライブとして誕生日を記念してバースデーライブ〜45GO!〜を行う。
このソロライブは5年ぶりのライブとなった。
以降、
〜秋風は東から祭〜E.W&F〜イースト・ ウインド・フェスティバル (2008)
〜地球におちた種〜 (2009)
〜AKB 46 Party〜(2009)
定期的に半年に一回、誕生日にはバースデーLIVE、クリスマスには『クリス祭』と題して
定期的にライブを行う。
ライブの題名を銘々するのはいつも風祭本人であった。

2009年

2月14日、風祭東として初めてのソロシングルCD『地球に落ちた種』発売。
同時に下北沢440にてソロライブを行う。風祭のソロライブに足を運んでくれた後、風祭の作品、ベースを気に入ったと曾我泰久(The Good-Bye)の声がけにより
11月23日、『The Paisleys』を結成。
大人のサイケバンドとしてスリーピースでライブを行う。
メンバーはG 曾我泰久(The Good-Bye) B 風祭東 Dr 大島賢治(The High Lows)
サポートメンバーにKey 西村純。その後、節分、ホワイトデー、七夕、等、季節ごとの記念日にライブを行い、話題を呼ぶ。

2010年

6月13日、目黒ブルースアレイにてバースデーライブを行い、ゲストにALWAYSの姫野達也、上田雅利を迎え、久しぶりにALWAYSの曲を披露。
2011年がALWAYS結成25周年という事もあり、再結成を匂わせた。
8月1日、レイランド・グロウ主催の11回目のウクレレピクニックに『The Paisleys』として出演。
ウクレレでロックを歌うという試みに話題を呼ぶ。
11月23日、『The Paisleys』を結成1周年。
『一周年だよ全員集合!』と称してライブを行う。(渋谷BOXX)
年末12月30日には神戸チキンジョージにて初の関西ワンマンライブ、31日の大晦日と2DAYSで年越しカウントダウンライブを行う。


2011年

スカイパーフェクトTV『音楽探究チャンネル』
『Music Life』に『The Paisleys』として楽器探求コーナーの生演奏コーナーにレギュラー出演。
初の風祭東ファンクラブパーティーを開催。
ファンとの直接の交流を深める為にと本人自ら意欲的に開催を行う。

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